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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)134号 判決 1985年10月15日

茨城県猿島郡総和町大字下大野字新山一七八二番一

原告

ヤマト工業株式会社

右代表者代表取締役

唐川和雄

右訴訟代理人弁護士

宍道進

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

宇賀道郎

右指定代理人

青木良雄

畠量彦

山本邦三郎

右当事者簡の昭和五九年(行ケ)第一三四号審決(意匠登録願拒絶査定不服審判の審決)取消願求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和五九年三月三〇日、同庁昭和五五年審判第一〇〇五七号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手読きの経緯

原告は、昭和五三年四月一八日、意匠に係る物品を「断熱材被覆管用エルボー型カバー」とする別紙(一)記載のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(昭和五三年意匠登録願第一五三八四号)をしたところ、昭和五五年三月三一日拒絶査定を受けたので、同年六月九日、これを不服として審判の請求(昭和五五年審判第一〇〇五七号事件)をしたが、昭和五九年三月三〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年四月一八日原告に送達された。

二  本件審決理由の要点

本願意匠は、意匠に係る物品を前項記載のとおりとし、その基本的形態は、全体が薄板材により構成されているもので、垂直な薄板上部を扇面状とし、その下部(要め部)を細幅に形成しプレート(以下「アームプレート」という。)を前後に二枚並列させ、当該両アームプレートの扇面状上端部に跨がり、アーチ状板を連接させ、その連接させた板の重ねた部分を細幅のリブ(節部)とした海老甲殻状曲面部(以下「エルボー部」という。)を設けたものであり、具体的態様は、エルボー部のアーチ状板は五枚よりなり、細幅リブは六本よりなり、アームプレート上部の扇面状とした部分に、その周囲に謹かな余地を残して円弧形絞り溝を同心円的に專間隔で多数配し、一万のアームプレート下部先端は、これとほぼ同幅の扁平帶状リングを通して折り返した態様としたものである。

これに対し、昭和四六年一一月二九日、特許庁発行の意匠公報に掲載された意匠登録第三三八六三六号意匠(別紙(二)記載のとおりの意匠。以下「引用意匠」という。)は、意匠に係る物品を「鉄管の保温材固定金具」とし、その基本的形態は、全体か薄板材により構成されているもので、垂直な薄板上部を扇面状とし、その下部(要め部)を細幅に形成したプレート(アームプレート)を前後に二枚並列させ、当該両アームプレートの扇面状上端部に跨がり、アーチ状板を連接させ、その連接させた板の重ねた部分を細幅のリブ(節部)とした海老甲殻状曲面部(エルボー部)を設けたものであり、具体的態様は、エルボー部のアーチ状板は五枚よりなり、細幅リブは六本よりなるものである。

そこで、両意匠を比較検討すると、両者は、意匠に係る物品を同一とし、その形態において、基本的形態が共通しているほか、具体的態様のうち、エルボー部のアーチ状板が五枚よりなり、細幅リブが六本よりなる点が共通している。そして、これらの共通点のうち、前記基本的形態は、請求人(原告)が主張するように公知形状であるとしても、全体の大部分を構成し、その意匠的まとまり(基調)を形成しているところであるから、意匠上の要部と認められる。

一方、両者は、具体的態様のうち、アームプレート上部の扇面状とした部分に、その周囲に余地部を残して、円弧形絞り溝を同心円に等間隔で多数配した点の有無について相違する。しかしながら、この円弧形絞り溝は、アームプレート面上に極めて浅い態様で付加的に表したもので、かつ、扇面状上端円弧に沿つて、単に同心円的に等間隔で配したのみであつて、特徴的なものとはいえず、看者に対し強い印象を与えるものではないから、結局、両者を別異の意匠とする程に顕著な相違とは認められない。また、アームプレート下部先端の態様における差異は、単に小さな偏平帯状リングを保持させた点に係わる僅かな変更であつて、使用時においての視覚的効果は極めて小さなものであることをも考慮すれば、全体への影響は極めて少ない部分的なものと認められる。

以上に述べたとおり、両意匠は、意匠に係る物品を同一とし、その形態において意匠上の要部を共通にするものであるから、前記した相違点及び差異点があつても、全体として類似するものというほかなく、本顕意匠は、意匠法第三条第一項第三号に規定する意匠に該当し、登録することができない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本願意匠及び引用意匠の構成(本願意匠及び引用意匠の基本的形態及び具体的態様)並びにその共通点、相違点が本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、本願意匠と引用意匠との意匠に係る物品の同一性についての判断並びに本願意匠の要部についての認定を誤り、ひいて、本願意匠は、引用意匠に類似するものであつて、意匠登録をすることができないとの誤つた結論を導いたものであるから、この点において、違法として、取り消されるべきである。すなわち、

1  本願意匠に係る物品は、断熱材で被覆された管のエルボー部を うエルボー型のカバー(断熱材被覆管用エルボー型カバー)であるのに対し、引用意匠に係る物品は、保温材で被覆された鉄管の保温材を固定する固定金具(鉄管の保温材固定金具)であるから、両者は、意匠に係る物品を異にするものであり、このように意匠に係る物品が異なる以上、本願意匠と引用意匠とは類似するものということはできない。

2  本件審決認定の本願意匠の基本的形態及び具体的態様のうち、エルボー部のアーチ状板が五枚よりなり、細幅リブが六本よりなる点は、周知であるが、本願意匠の具体的態様のうち、アームプレート上部の扇面状とした部分に、その周囲に僅かな余地を残して円弧形絞り溝を同心円的に等間隔で多数配し、一方のアームプレート下部先端を、これとほぼ同幅の偏平帯状リングを通して折り返した点は周知ではなく、かつ、右の円弧形絞り溝を同心円的に等間隔で多数配した構成は、本願意匠に係る物品の使用状態において、最も看者の注意を引く部分であるから、本願意匠の要部と解すべきである。けだし、周知の部分に意匠の要部がないことは、意匠がそれを現す物品の形態にその創作性を求める以上、当然の帰結であるからである。

以上のとおり、本願意匠の要部は、円弧形絞り溝を設けた点にあるにもかかわらず、本願意匠の周知の部分にその要部があるとした本件審決は、本願意匠の要部の認定を誤つたものといわざるをえない。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一及び二の事実は、認める、同三の主張は、争う。

二  本件審決の認定判断は、正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

1  本願意匠に係る物品は、断熱材被覆管に用いるエルボー型のカバーであり、一方、引用意匠に係る物品は、鉄管の保温材を固定するための金具である。

そこで、両物品について比較するに、両者は、形状(本願意匠は「エルボー型」)若しくは機能(本願意匠は「被覆」及び「カバー」、引用意匠は「固定」)又は材質(引用意匠は「鉄管」及び「金具」)に関して、用語は異なるが、管内誘導物及び管体の保温(保冷)のため、管体周面に断熱材(保温材)を被覆した場合、管体屈曲部における当該断熱材(保温材)を、更に、被覆固定し補強するために用いるエルボー型のカバー(被覆)止具に係わるものであつて、実体的に一致している。また、物品の異同を判断するに主要な観点である、その物品の用途(使用目的)、使用方法・使用態様及び当該機能等についても、用途(使用目的)は管内誘導物及び管体の保温(保冷)であり、また、使用方法、使用態様若しくは当該機能は管体屈曲部において被覆された断熱材(保温材)を更に被覆固定し補強する、という点において、ともに一致している。

なお、物品の判断において、ほとんど影響がないとされている材質について敷衍すれば、建物設備における暖房設備用の配管材料においては、蒸気又は温水を送ることから、従来より金属管(鋼管、亜鉛メツキ鋼管等)が用いられ、その断熱材(保温材)カバー(被覆)止具についても、通常の場合は、金属板製(黄銅製等)のものが用いられている。

以上のとおり、本願意匠に係る物品と引用意匠に係る物品とは、用語が異なるも、その用途(使用目的)、使用方法、使用態様、当該機能等が全く一致しており、かつ、材質においても、通常の場合にはほとんどが共通するものであつて、これらの観点から総合的に判断した場合、同一の物品と認められる。

2  意匠は、物品の きをふまえて、全体的なまとまりとして視覚的に看者に訴えるものであるから、全体の大部分を構成し、意匠的まとまり(基調)を形成しているところの基本的形態を、本願意匠の要部と認のた本件審決に誤りはない。そして、原告が意匠の要部であると主張する部分は、全体から見れば、基本的形態におけるアームプレートのうち、扇面状とした部分及びその先端部の具体的態様に係わり、本件審決認定のとおり、全体への影響は極めて少ない部分的なものであるから、到底意匠の要部とは認めることができない。なお、原告が周知であると主張する部分が周知であることは、争わないが、原告が主張するように当該部分が周知の形態であるからといつて、意匠の評価に当たつて、当該部分の形態が意匠の要部にならないということはできず、ましてや、意匠の要部が周知意匠を除いた部分にあるということはできない。意匠の要部は、あくまでも、前記したとおり、全体的なまとまりとして認定すべきである。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

一  特許庁における手読の経緯、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決は、本願意匠に係る物品と引用意匠に係る物品との同一性についての判断並びに本願意匠の要部についての認定を誤り、ひいて、両意匠は類似するとの誤つた結論を導いた旨主張するが右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものといわさるをえない。

1  両意匠の意匠に係る物品の同一性について

成立に争いのない甲第二、第三号証、乙第一号証の一・二及び四によれば、本願意匠及び引用意匠に係る物品は、いずれも、管体の屈曲部(エルボー部)において、管内誘導物や管体を保温(保冷)するために被覆された断熱材(保温材)を、更に被覆固定し、補強するために用いるエルボー型のカバーであつて、その用途(使用目的)、使用方法、使用態様及びその機能において一致していることが認められるから、両者は、意匠に係る物品を同一にするものというべきである。原告は、この点に関し、本願意匠に係る物品は、断熱材で被覆された管のエルボー部を覆うエルボー型のカバー(断熱材被覆管用エルボー型カバー)であるのに対し、引用意匠に係る物品は、保温材で被覆された鉄管の保温材を固定する固定金具(鉄管の保温材固定金具)であつて、両者は異なる物品である旨主張する。しかし、本願意匠に係る物品と引用意匠に係る物品とは、物品の区分の名称を異にするけれども、ともに意匠法施行規則の別表第一の下欄に掲げる物品の区分のいずれにも属さない物品であることから、出願人が、その判断において、同表の「備考二」に基づいて、意匠に係る物品の属する物品の区分を記載したものと認められ、したかつて、同一の物品であつても、出願人の記載の仕方によつては、物品の区分の記載としては区々となる場合もあるであろうことは容易に推測しうるところであつて、本願意匠及び引用意匠に係る物品の区分の名称が異なるからといつて、直ちに本願意匠に係る物品と引用意区に係る物品とが異なる物品であるということはできない。そして、創傷各証拠並びに成立に争いのない乙第二、第三号証の各一ないし三によれば、「断熱材」あるいは「保温材」といつても、ともに管内誘導物及び管体の保温(保冷)を目的として、管体の周面に被覆される熱伝導率の小さな材料を指称するものであり、「カバー」あるいは「固定金具」といつても、ともに管体を被覆した断熱材あるいは保温材を被覆固定するもので、その形態もエルボー型であつて、本願意匠及び引用意匠に係る物品をいかなる材質の管体に用いるかは、意匠に係る物品の同一性を否定する理由とはなりえず、他に前段認定を覆し、原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。したかつて、原告の右主張は、採用の張りでない。

2  本願意匠と引用意匠の要部について

(一)  引用意匠が本願意匠の意匠登録出願前の昭和四六年一一月二九日、特許庁発行の意匠公報に掲載された別紙(二)の図面のとおりの意匠であることは、原告の明らかに争わないところであり、本願意匠と引用意匠とが、共に、その基本的形態として、全体が薄板材により構成されているもので、垂直な薄板上部を扇面状とし、その下部(要め部)を細幅に形成しプレート(アームプレート)を前後に二枚並列させ、当該両アームプレートの扇面状上端部に跨がり、アーチ状板を連接させ、その連接させた板の重ねた部分を細幅のリブ(節部)とした海老甲殻状曲面部(エルボー部)を設けるという構成を有し、具体的態様として、エルボー部のアーチ状板は五枚よりなり、細幅リブは六本よりなるという構成を有している点で一致しているが、本願意匠には、アームプレート上部の扇面状とした都分に、その周囲に僅かな余地を残して円弧形絞り溝を同心円的に等間隔で多数配し、一方のアームプレート下部先端は、これとほぼ同幅の偏平帯状リングを通して折り返した構成が設けられているのに対し、引用意匠にはそうした構成がない点で相違していること、並びに両意匠の右一致点が周知であることは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、本願意匠の要部は、引用意匠との前示の相違点、すなわち、「アームプレート上部の扇面状とした部分に、その周囲に僅かな余地を残して、円弧形絞り溝を同心円的に等間隔で多数配し、一方のアームプレート下部先端にこれとほぼ同幅の偏平帯状リングを通して折り返した熊様を設けた」点にあるのであつて、前記周知の「基本的形態」の部分に意匠の要部があるとした本件審決は、事実を誤認している旨主張する。しかしながら、意匠の構成のうちのある部分が周知であるとしても、当該意匠を全体的に観察した場合に、それが意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を最も引くときには、なお右周知の部分も意匠上の要部と認められるのであつて、意匠のうちの周知の部分は意匠の要部になりえないとはいいえないところ、本願意匠及び引用意匠は、これを全体的に見る場合に、前記両意匠に共通する「基本的形態」が両意匠において、その構成の大部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を最も引くことは、前掲甲第二、第三号証から明らかである。そして、右本願意匠の構成に前掲甲第二号証(特に使用状態図)を総合すると、原告が本願意匠の要部であると主張する「アームプレート上部の扇面状とした部分に、その周囲に僅かな余地を残して、円弧形絞り溝を同心円的に等間隔で多数配し、一方のアームプレート下部先端を、これとほぼ同幅の偏平帯状リングを通して折り返した」という構成は、「円弧形絞り溝」が極めて浅い態様の溝で、しかもアームプレート上部の扇面状とした部分に、その上端円弧に沿つて同心円的に等間隔で配設したという装飾的なもので、原告が主張するように、右部分が本願意匠に係る物品の使用時において看者の注意を引く部分であるとしても、本願意匠の構成全体から見れば、なお付加的な構成の域を出るものではなく、前記「基本的形態」の部分以上に本願意匠を看者に印象づける大きな特微をなしているものと認めることはできず、また、一方のアームプレート下部先端を、これとほぼ同幅の偏平帯状リングを通して折り返したという構成も、アームプレート下部先端にある態様で、使用時においては看者の目に触れにくい部分にあり、しかも本願意匠全体の形状の中においては極めて小さい部分であるから、本願意匠を特徴づけるものと認めることはできない。したがつて、本願意匠及び引用意匠において、両意匠に共通する前記「基本的形態」の部分が両意匠の要部をなしていると認めるのが相当であり、原告の前記主張は採用することができない。

(三)  してみれば、本願意匠は、引用意匠とその要部を共通にし、前記相違点は両意匠の類否を左右するほどのものとはいえないから、両意匠は、これを全体として見るときは、共通した印象を与えるものであつて、意匠として類似するものというべきである。

(結語)

三 よつて、本件審決には原告主張の違法はないから、その取消しを求める原告の本訴請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 清水利亮 裁判官 川島貴志郎)

別紙 (一)

<省略>

<省略>

別紙 (二)

<省略>

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